風に吹かれていたい

なんてことない日記 2025/09/01
2025.09.01
誰でも

生活することは、転がり絡まり合う毛糸玉みたいだ。気がつくといろんな埃が入り込んでいて、それでも転がると違う面が表にみえてきて、動いた反動で埃が剥がれ落ちたりする。それを見つめる間もなくまた風に吹かれて転がる。

先週鳥取に出張した。年老いた教授はゆっくりゆっくりと話しながら、ときおり眼をがっと開いて言葉を強める。

「できるだけ外に出たらいいっていいますけどね。あるお年寄りが言ったんです。年を取るとバスの乗り方がわからなくなってくる。あるときひとりで外出したら、どのバス停に乗ったらいいかわからなくて。でも誰も人がいなくて、全然違う方向のバスに乗ってしまった。本当なら帰ってくるのに2時間ですむところを何時間もかかって、とっぷり日が暮れてやっと家に辿り着いた。こんな思いをするんだったら二度と外に出たくないと思ったそうです。出不精になるには、その理由があるんです」

「先生、もう生きとっても仕方がない。はやく死なせてくださいとかって言われます。いやぁ、私は患者さんのために何でもさせていただくつもりですけど、死ぬことの支援だけはできません、申し訳ないけど、って言わなければいけない場合がけっこうあります」

病を得た人、元気をなくした人と向き合っているひとの生きた言葉だと思う。

編集さんと空き時間にお茶をする。彼は大盛りのドライカレーを食べたあとに喫茶店でフルーツサンドセットをたのむ。「僕はあなたの倍ぐらい体重ありますからね!」と笑う。仕事で書いているのに、それ以外でも書いているなんて、どこからそんなエネルギーがあるんですかと聞かれる。「仕事で書くだけだと狂ってしまいそうになるからバランスをとるためなんです」というと、そういう考えがあるんだ、新鮮だなぁと彼は答えた。「わかる」と言われるより、「わからないな」という顔で頷かれることで心がほっとすることもあると気づく。

帰りの飛行機。窓側の隣の女性はずっとツムツムをしている。左側をみると薄紫の空に黒々と富士山が浮かんでいた。つい女性の腕をつんつんして「あれ、富士山ですよね、きれい」と言った。女性は「あっ」と言ってしばらくスマホで写真を撮り続けてまたツムツムの世界に戻っていった。

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